0.『起』
大気が震える月夜に照らされたビルの上。少女はフェンスの上に立ち……下界を見下ろしていた。溜め息。深い息を吐いて空を見上げた。
月は丁度半分の形を作り表面を灰色に塗りつぶしている。それを覆うようにして空の闇は広がっていた。沢山の星。それすらも眩む空の暗さは下界の明るさの比ではない。
もう一度溜め息。深く目を閉じ右手を上げた。掲げた手に光を。そして……飛び込んだ。光に塗れた下界にダイブするような……大きな羽ばたき。
少女……いや、ソレは少女とはもう言えない。まっ逆さまに落ちていく……そしてビルを蹴り大きく。
空を駆けた。
駆り出す者『ライダー』……ソレを人はそう名づけている。
1.『刺殺』
鏡……それは自分を映す。俺は右目をゆっくりと開いた……すると左目に急に力が抜け閉じ始める。
「……変わらずか」
自分は真っ赤な影だ。揺らめく様な燃え盛る様な影。それが自分……
「何してんだ? 早く飯食え」
父親が後ろから声をかけて来た。それを左目で追う。
……無色だ。
それは何の色も無かった。白黒テレビの様に全くの色を見せない。ゆっくりと右目を閉じると左目に力が戻り始めた。
「んー……分かったよっ」
何も変わらない……いつもの朝だった。
さて……空は快晴。気分は上々。だが、学校は憂鬱。青年は溜め息を空に向かって吐いた。
「何でこんな場所に学校があるんだろうね……」
この街は新しく出来たばかりの町だと言う。丘の上に聳え立つエスカレータ式の私立学院。そこを中心とした街がこの焔硝と呼ばれる街だ。
勿論、街の名の所以はこの私立焔硝学院。小学から高校。そして大学までのエスカレータ式と言う大きな学院のお陰とも言えよう。
誰かが言った。
『防壁が埋め込まれてんだって』
誰かが言った。
『あの木ってさ……砲台を擬態した物なんだってよ」
「んな訳あるかってーの!」
青年、綾瀬来(あやせらい)は空に向かって叫んだ。気分は上々だったが何故か苛立っていた。理由は分かる。多分転入生が来るからだろう。
別に転入生が悪いと言う訳ではない。学院側の対応に対してだった。来の親友が他の場所へ転校してしまった。その理由はこの学院の教員だった親友の父親の転勤だ。
つまり、友達ごと他へ移してしまったのだ。代わりとして今日、転校生が来る。
別に、誰が悪いと言うわけでもない。仕方ないと言えば仕方ない。だが、どう考えてもだ……嫌がらせだとしか思えない。
「くぅー!」
青年、来とその親友+αは活発な方だった。そして、少し手を焼いていた。故に邪魔だった。親友の親は丁度良く教員だった。しかも自分の通っていた場所だった。
学院のお偉いさんは考えた……あぁ、飛ばそう。
「連ー! 帰って来いー!」
無駄な叫び。悲痛じゃないが何となく虚しい。それでいて気分は上々だった。理由は行く時120円ほどポケットに入っていた。
前のお釣りを忘れ、今こうしてポケットの中から蘇ったのだ。
別に大した事ではなかった。が、嬉しかった。故に上々だ。
商店街を出て、並木を真っ直ぐに伸ばした道が開けた。だが、坂。景色は良いがどうも好きになれない。
仕方ない今日は遅刻してこう。そう踏んだ来は溜め息を吐いてとぼとぼと道をそらす。目的地は道沿いにある小さな公園。
そこにある椅子に座り鞄から漫画を取り出す。授業中に読もうと思った少年誌のコミック。ファンタジー物である。
それを読み始めた。右目を閉じた眼帯に手を当て……それを少しずらし瞼を擦った。溜め息。そして色が宿る左目で漫画を読む。
内容は……死ぬ事の無い少女。そして、暗殺者だった頃の記憶を道具で消した少年との旅。
とても暗いが何となく頷ける内容で来はこの漫画が好きだった。そのせいか巻数は3巻を読んでいる。
ちなみにこの漫画は3巻まで出てて今もなお続いている。相変わらず深い内容だがその分のめり込む内容となっている。
あまり名は知られていない。が、その少年誌では表紙を取ったりする位の物。つまりは少年誌も一応知られているが「あぁ、あったな」程度。
毎週出ては誰もが立読みする様な雑誌ではない。好きな人が読む雑誌であった。漫画好きの来は下手なものを読むよりこう言うのの方が面白いと言って読ませたが分からんと言われて返された。
どうやら、思考が合わないらしい。その時は何となく心の中で (俺のグレードが高いって事で) と踏み、苦笑し受け取った覚えがある。
ページを捲る……他愛の無い会話。そして、アクションと殺戮。殺戮の面に関しては少し気味が悪いので早めにページを飛ばす。
ペラペラとページを捲った。時間にしておよそ15分。その15分後。
ずぅん……
何か重い物が地面を触れる音がした。来は反応し音のする方……森の奥へと目を向ける。
ずんっ
今度は大きい。感じる位の振動でまるで地面が揺れる感触すらあった。本を鞄にしまい、腰を上げ森を見る。
音は止んだ。静寂が森を包み、何事も無かった様な雰囲気が公園を包む。だが、来は鞄を背負い森へと入っていく。
何かを感じた。何事も無い……そんな風には思えない重苦しい気配が先にある。生唾を飲み込み、思い足取りで先へ先へと……
ずっ!
嫌な音が鳴った。肉を抉る音が体から発せられる。ふと下を見ると下腹部辺りに人間の手……いや、褐色の色をした大きな人型の手の様な物が体を突いている。
何だろうか? その物体に真っ黒な螺旋を模した模様が見える。
こふっ
鮮血が腹から。そして、口の中に納まり切らないほどの血が吐き気と共に流れ来る。膝が狂うように震え全身から温かみが消えていく感触を感じる。
その感触すらも次第に薄まり、まるで石になっているのかとも思わせてくる。
何が起こったのだろう?
全く分からなかった。気が付けば口から血を吐き、下腹部は変な物が飛び出ている。目が……景色が薄らいでいく。分からない……何も感じない。
ずずず……
痛みはない。が、頭を抑えられ物体が後ろから引かれていく感じがする。目は……もう見えない。ただ、感じがするのみだ。
深い……とても深い何か……そうか、これが死なのか。安らぎすら感じる。
「させないっ……!」
声……何だろうか? 女の人だとも思われる。だが、左目は見えない。感触すらも失った。後は……死ぬだけか。
「…………ん」
目に明るみが差し込む。ゆっくりと目を開くと木々に塞がれた空は時折光を当て木漏れ日の様な明るさが広がる。
天国? 地獄? どう考えてもどちらでもなかった。どう見てもココはさっきと同じ場所だ。じゃあ……さっきのは夢だったんだ。
溜め息を吐いた。いつからだった? 自分が眠りに入り、こんな辺境で寝てしまったのは。もう一度深い溜め息を吐いた。そして、何も考えず腹を撫でる。
へそ近くを撫でると妙にこそばいのを感じる。へそ?
「あれ?」
服の下腹部辺りが破けていた。ボタンが解れプラプラと揺れ寒さを感じた。さっきのが夢ならこんな場所破れる訳が無い。破れる……いや、服に穴が開いている。
さっきの夢は下腹部を突いていた。場所も同じ。同じ場所に穴の開いた服。どう考えてもおかしい。
「……う」
うめき声が隣から。横を見ると少女がうつ伏せで倒れていた。右手を枕の様に荒い息をしながら目を瞑っている。
長い黒髪が蜘蛛の巣の様に広がり、白と黒の制服は波を打つ様に流れている。
その養子には覚えがあった。独特の光彩を持つ茶色の瞳、そして揺れる様な長く綺麗な黒の髪。
子供の頃、その少女は芽衣と呼ばれていた。物静かで自分を表現するのが苦手な……でも、他人との触れ合いを大事にしていた少女。
隣同士だった頃、よく彼女の兄を中心に遊んでいたものだ。彼の兄は何をやらしても出来る所謂秀才だった。分け隔ても無くとても出来た人だったと思う。
その兄と一緒に8年前彼女は忽然と姿を消した。別れの言葉も言わずに途方にくれていた覚えがある。
少女はゆっくりと目を開く。上体を起こしこっちを向いた。そして、立ち上がる。虚ろな瞳……その独特な光彩を放つ目。
「…………芽衣?」
その問いに頬に手を当て少しの間を空け……手を叩く。そして微笑を浮かべた。
「んー……取り合えず…おやすみかな」
「え?」
がっ!
意識が遠のいた。
2.『再開』
ざわめきが聞こえる。
声。声。声……どこもかしこも声が響く。ゆっくりと目を開くと、木の板が見える。そして、沢山の人と沢山の机が見えた。
ゆっくりと上体を起こすと、口から糸を引く様によだれが流れる。
「うわっ、エンガチョ」
「お?」
袖で口元を拭き、さらに机も拭いた。すると、同じ声が。
「うわっ、更にエンガチョ」
「おー……」
上を見ると、親友Aの一弥智紀が立っていた。通称、どっちも名前。一弥でも智紀でも名前に感じてしまう悲しい姓を告いだ悲しい男だ。
「おー……」
「……ゾンビみたいだぞー」
「おー……」
「どうしようもないね。こりゃ」
「…………んー」
徐に鞄に手を伸ばし、中からペットボトルを取り出した。そして、下部を高く上げごっくごっく音をたてて飲む。息を吐いて口元を袖で拭くと目が覚めたのか智紀の方を向いた。
「相変わらず四次元ポケットしてるなぁ……」
「ポケットじゃない。鞄だ。そんで、四次元じゃない。三次元だ」
「そんな事はどうでもいいよ。取り合えずおはよう」
「あー……」
目が覚めると、違う方に興味を持った。ざわめきを感じる一つの席。
「なんだ? どうした?」
「あぁ、転校生だよ。ほら、橘の代わりの」
橘の代わりの。そう言えば転入生が来ると言っていた事を忘れていた。そうか、あのカオス(混沌)の中心に噂の人物がいるのか……
「それがさ、女の子なんだよね。また、かわいーのよ。ビックリしちゃうわ……さて、それ以上にビックリ事があるんだけどさ」
「ん?」
智紀は両手を肩ら辺まで上げ萎縮したように。そして言うならアメリカンなジェスチャーで。
「お前、あの子に連れてきて貰ったんだって? 保健室まで」
「はぁ?」
「たくっ、聞く所によると学校前で倒れてたっていうじゃん。お前に何があったか知らないけど、何か羨ましいぞ」
「……いや、普通考えると学校前で倒れてた俺に羨ましさを感じるな。てか、保健室に置かれたんだろ? じゃあ、何で俺はこの机で寝てんだ?」
「それは、今日は校長の話でグッタリした子達が続出してベットの空きが無くなったから、空きを作る為に担任がお前をここに」
「ひどっ」
そのまま置いて欲しかった。むしろ、普通に考えたら学校前で倒れている方がやばいのでは無いのだろうか。
それより、今日はどこかおかしい。学校に行くのではなくサボりをかましながら公園で漫画を読んでいた筈では無かったのだろうか?
所々曖昧だが、何か大事があった筈では? そして、一度森で目覚めた様な気がする。その後全く覚えていない。
と、言うより記憶に無い。あの後、どうしたのだろうか? いや、夢オチだったのか?
「ふー……」
ペットボトルを戻そうとした時。鞄の中に真っ白な物が見えた。
(Yシャツ?)
どうみても折りたたまれたYシャツ。折りたたまれたはどうでも良いとして、何故こんな場所にあるのだろうか? 今日は着ていた気がするのだが。
そして……いつ、ジャージを着たのだろうか?
「……トイレ」
「ん? 鞄持ってか?」
不思議そうに鞄を見つめる智紀に対して、目を一度瞑り、そしてゆっくりと開き応えた。
「俺は大の時はソレが来るまでの時間を……漫画で過ごすんだ」
「うわぁ……」
何となく誇った気がした。
小部屋。この場所はそう言われている。今日のチョイスは洋式だ。和式は何となく臭いイメージを持つし、洋式を椅子代わりに使えば良い事だ。
だが、使う気は起こらなかった。むしろ、和式の方が被害は少ないのだろうか?
「ちゃんと掃除してください」
呻いた。そして、徐に鞄の中から真っ白なYシャツを取り出す。それを広げた。
「……穴」
やはり夢ではない。それを見ながら少し途方に暮れる。溜め息を一つ。そして、折りたたみはしないが小さく纏め鞄の中に突っ込む。
小部屋を出、トイレを出、廊下を歩き教室に向かう。曲がり角。丁度曲がった辺りにその少女は立っていた。
「サボりは良くないよねぇ」
通り過ぎようとした時、少女は呟く。来は立ち止まり少女を見た。少女は手を振り微笑む。
「……お前」
「お久しぶり。元気?」
「……あぁ、何か……変わったな」
「ん? 雰囲気? そりゃあね、時は女を変えるものよ……?」
少女は怪しく微笑む。目を瞑り一歩一歩彼の周りを歩いた。
「来も変わった。眼帯なんて付けちゃって……病気とか?」
「いや……ん、まぁそんなの」
「ふぅんー」
立ち止まり……天井、人がすれ違う廊下、そして札の付いた教室。それぞれを見回し来に目線を戻す。
「学校なんて久しぶり。そして来も久しぶり。何か嬉しいなぁー」
「久しぶり……?」
「えぇ、あっち行ってからは学校なんて行ってる暇無かったし」
「暇……?」
横目で。
「そ、暇。都会は大変だったのよねぇ」
「はぁ……」
背伸びをし首を鳴らした彼女はふぅ……と溜め息を吐く。
「……なぁ」
「今教える事は無い。後で教えてあげる。そ・れ・よ・り……」
沈黙。幼馴染の放つ何かがそうさせた。
「後でココの案内してくれるかなぁ? 大分町並みも変わっちゃったし」
微笑を絶やさず、手を組み問いかけた。
「……じゃあ、案内ついでにこっちも色々教えてくれ」
「ありがとぉー後でねぇー」
そう言うと、両手を広げた様に廊下を駆けていく。そして、そのまま教室へ。周りは誰もいないが為の行為か?
「……はっずかしい奴」
取り合えず今日の学校は後少し。早めに終わって欲しい物だ……。
キィーンコーンカァーンコーン
背伸びをかます。大きなあくびもかます。目を擦りゆっくりと目を開いた。
「寝てたのかよー……」
智紀が溜め息交じりで呟いた。右手には通学鞄を律儀に持ちそれを肩辺りで背負う様にしている。
「いやさ、昨日野球のせいで見たい番組遅れてさ。で、睡眠が少なかったんだよ」
「あはは……来っぽい」
「お世辞ありがとう。んで、今日は残念だがお前とは帰れない」
面を食らった様な顔で問い始めた。
「何かあるの?」
「来ー! ほらっ 早くっ」
同時に声が教室の手前から。教室内は来に目線が集中する。
「つー事だから。また今度な」
あぁ、とだけ言って彼を見送った。だが、その表情はどこか感情の遅れた様な表情をしている。
どっちかと言うと呆けていた。そんな彼がやっと発した言葉は……
「……手はやぁ」
だった。
「教室内が騒然でした。何も説明してないんか」
「ん? 一応言ったけど」
「何と」
「幼馴染だって」
「……んー」
説明不足でも足りても居ない様な……まぁ、どうでもいい。アーケードに入るとあちこちを見回す。
「学校の案内とかっていいのか?」
「ん? あーあー一日前に担任の先生が教えてくれたんで。もう、十分です」
「……なるほどねぇ」
納得がいく理由。昔からあの教師は一つ二つ説明の度に色々と付け足す傾向がある。結構な『説明』を受けたのだろう。そりゃあ十分な程に。
「あー 食堂だっ」
「ん? あぁ、健在してるぜ。今は秋子姉さんがやってけどな」
綾瀬食堂。自宅権食堂である家はいつから開店してるのかは定かでは無いがそれなりに歴史がある食堂の一つ。他にも石田山食堂と言うライバル店がありそれも又歴史がある。
ライバルと言っても競い合っている様子は無く、近所付き合いみたいな軽いノリでお互いを意識しあっている。今は父方の義理の姉である秋子姉さんが仕切っている。
「しかも、秋子姉さんのスペシャルパフェが出た」
「スペシャルっ!?」
食いついてきた。やはり基本スペックは変わらないらしい。昔からこの娘っ子はパフェが好きだった。ある日はとあるファミレスのパフェをフルコースで攻め。
ある日は自分でアイス買ってバナナを乗せてチョコレートかけて貰ってフレーク混ぜて自作を作ったらしい。
どちらも六歳の頃の話。覚えている……あの時ファミリーでファミレス突っ込んだ時にパフェを頼んだ時の言葉。
『やーん♪』
「やーん♪」
目の前に出されたスペシャルなパフェに思い出の言葉を発した。全く持って同じ言葉。
「コイツ……前から変わってないんじゃないか……?」
「んー?」
「いや、何でもない。で……」
「今は食べる事に夢中です。ので、これを」
とんっ
サラサラと流れる砂時計。赤い砂が上から下へ。穴を開ける様に流れていく。
「……これは?」
「15分物。それまでは集中させて頂く」
目を瞑って、手を合わせ頭を下げる。
かっ!
目を開くとそんな音が鳴った気がした。そして、真っ白なアイスを口に含んだ。
「……うー」
身震い。その後パクつく。無心なのか目線はあくまでパフェだった。
「相変わらずだねぇー芽衣ちゃんは」
カラカラと笑いながら秋子姉さんは腰にお盆ごと手を当てる。つんっと張ったスレンダーなボディに目を送らない様に顔を見ながら言葉を返す。
「相変わらず? あれ? 俺はすっごく変わった気がしたんだけど」
そう言うと秋子姉さんはにぃっと怪しい笑みを浮かべ肩を叩いた。
「ふーん……惚れ直したってかぁ?」
「いや……そーじゃなくってさ。コイツって前からこうだっけ?」
「ん? そーだよ。覚えてない?」
「全く」
頬を掻いて額に手を当てた。
「いや、熱は無いですよ」
「んー……じゃあ、何だろうね。芽衣ちゃんは全く変わってないよ。前からこんな感じだけど?」
「ごちそうさまっ!」
言葉を遮る様に芽衣がどんっと器を置いた。砂時計は……ホンの少ししか落ちていない。
「意味無っ!?」
「だよねぇ、一回も落ちきった事無いよ」
「うーわぁ」
一回も。と、言う事は何回もこれ使いながら食ってる。回数は分からないが何回も。
「変な光景だ……」
「秋子さーん。牛乳欲しいな」
「うぉ、腹壊すぞ」
「セオリーなの。それに何もないのにココに居る訳にもいかないし」
「……いや、ココ家だしな」
「いいのー。それに何かあった方が話しやすいでしょ」
秋子姉さんがホットかクールかを聞くと腹辺りを擦りながら、苦笑いしながらクールを頼んだ。ホットは危険だと悟ったのだろう。
(急激に上げる事により腹の活性力が上がり液状になる可能性がある為だっ)
テーブルに置かれたカップ。一応コーヒーを頼んだ来は秋子姉さんに無料? と苦笑いで言うと小遣いからと言われゲンナリする。
「さてー」
手をカップに沿え、軽く飲み一息入れる。
「何処から聞きたい?」
「何処から……てーと、やっぱりアレは本当にあったんだな?」
「……そうだね。来が貫かれた事。そして、その穴が消えた事。全て事実」
目線を落とす。下腹部はさっき調べたが何も無いように綺麗なままだった。いや、別に汚されたとかそう言う意味は無く綺麗だ。
「……じゃあ、あの手? あれは何だ?」
「秘密」
即答だった。下を出しおどけた様な顔をしている。腹の底から煮え返るマグマの様な憤怒は身を震わせ……爆発した。
「……てめぇ!」
「そこっ! 五月蝿いっ!」
秋子姉さんに指差された。失敗した様な表情と共に静かに席に腰掛けた。
「何で秘密なんだよ」
「知っちゃいけない部分を聞いたから。聞いて良いのは私が転校した理由とかなら大丈夫」
「はぁ?」
一瞬その表情が影んだ気がした。が、すぐに笑顔を取り戻す。
「何だよその ”知っちゃいけない部分” って」
「……聞きたい?」
「当たり前じゃん。おかしいじゃんか、お前が知っていても良いのに俺が知っちゃいけないなんて」
今度は真面目な表情を見せる。その双眸に陰りを残しジッと見つめた。
「…………巻き込んじゃったんだね。やっぱりあの時」
「巻き込んだ?」
一瞬目を逸らし、そしてすぐに元に戻る。
「じゃあ、私が転校した理由から」
「おいっ」
「大丈夫。ちゃんと教えるから……でも、覚悟をしなくっちゃいけないよ?」
「覚悟……?」
こくり。頷きをし圧力を与える様な真剣な趣を。
「……あぁ、いいぜ。俺は知りたがりなんだ。知らない事があると気になっちゃう性質なんでな」
芽衣はくすりと微笑すると目線を下げる。そして、目をゆっくり閉じると語りだした。
「都会は……大変だって言ったよね」
「あぁ、言ってたな」
「そう……確かに都会……東京は大変だった。表向きは原宿とか池袋とか新宿で人がごった返す街」
「……東京行ってたのか」
「……うん」
頷くと続ける。
「うちの家族はちょっと回りと違って気付く人が多かったの」
「気付く?」
「うん。世界の異変に」
少し沈黙。だがすぐに。
「そして、兄の体に異変が起こったの。世界の異変と同じ現象が現れ始めた」
続く。
「少しずつ……確実に兄の体は異変に犯されてきた。それでこの街で異変を調査している人達がいたの。まだ、こんな栄えてなかった頃ね」
続く。
「彼等は大急ぎで準備した。その日最も人が集中する街に引っ越す事になった。兄が変だったって事は私は分かっていた。でも、それがどう変だとかは分からなかった」
続く。
「呆然としたよ。急に転校だなんて。あなたにお別れも言えないまま行くなんてね。他にもお別れ言いたかった。でも、兄は待ってくれなかった。すぐに準備した」
「東京……行く準備か」
頷き続ける。
「前に私達の車。荷物は後で持っていくつもりだったから最低限の荷物で行く事にしたの。後ろは調査している人達。兄を警戒する為にね。ちなみに兄は後ろに乗っていた」
続く。
「その途中兄の異変が爆発した。兄は体を変え、車を破壊し私達を襲った。父は一突き。母は右腕をもがれ……私は車の影に隠れてた」
続く。
「その時爆発した、後ろの車から黒い物体が転がってきた事に気付いたの。まるで拳銃みたいな形してて……私は武器かと思った。狙いは……目の前の化け物。兄とは分からなかったタダの化け物」
続く。
「引き金の様なのが付いていて……それを引いたけど何も起こらなかった。音も出ないし何の反応もしない。良く見たら銃とかじゃなかった。引き金はあるけど銃口が付いていないの」
続く。
「それは銃口の代わりに何かプレートの様なのが付いてた。それに触れると持ってる手の引き金が引かれた。無意識だと思う。すると、気付かない内に……私も兄と同じ化け物になった」
続く。
「でも、自我があってある程度自分で出来た。動かす事も……見る事も。そして、気が付くともう、兄は居なかった。その代わりに死体になった父さんと血まみれでぐったりしている母さんがいたの」
続く。
「酷かったよ? 凄惨だった……激しくのた打ち回る母に……人形みたいにぴくりとも動かない父。そして、狂った様に暴れる兄だったモノ」
彼女は顔を抑えている。震え始め指の隙間から見える目は瞳孔が開き始め……回想が頭を巡り神経をおかしくしている。
「辺りは絶叫…………私の……顔に飛び散る……血が……」
「落ち着け」
来が言うと顔を上げる。その顔は何か壊れた物の様な……恐怖がジワジワと這い上がる。ある程度の言葉が聞こえたのか秋子姉さんは彼女を奥に連れて行く。
二分後、姉さんが帰ってくる。少し落ち着かせる必要があると言っていた。
「それにしてもね……あの子の親父さんが死ぬなんて」
「……知らなかったな。消えたのいつの間にだったし」
頭を掻くと外に出る。
「ジュース買って来る」
「家にあるじゃん」
「んー……ちょっと散歩したいんだ」
テクテクと歩くと、100円均一っ! とデカデカに書かれた自販機の前に立つ。いつも利用しているお得意様の自販機だ。人じゃないからお得意様とは言わないが。
大きいサイズですら100円。素晴らしい……と思いたいが気持ちが沈んでいるので普通に買って喉を潤した。
「ふぅ……」
自販機に身を預け空を見上げる。いつの間にか空は日が傾き始めていた。夕日がさす様に赤く燃え上がっている。
「……色々あったんだな」
自分だって人生色々あった方だ。秋子姉さんが姉に来たり、親父が再婚したり、店がやばかったがギリギリで保った事とか。
でも、それは ”一般的” の話。芽衣の場合は違かった。狂っていた。全てがおかしくなっていた。
兄が化け物? 父親が死んだ? 母親は……? 自分も化け物?
結局の所最後まで聞いてないので良く分からない。もしかすると作り話かもしれない。だが、何となく。
これは作り話ではない。現にあの穴の開いたYシャツ。そして、あの芽衣の表情……あんな顔を普通の人が出来るのだろうか?
溜め息。深く大きな……
「溜め息」
「ん?」
「おっきな溜め息」
「んー……」
芽衣が隣にいた。真っ黒な長髪が風に揺れる……まるで海で漂っている様な髪を抑えて同じく息を吐いた。
「ふぅー……いい風だねぇー………………ごめんね。取り乱して」
「いや、あんな状態だった仕方ないよ」
「……信じられる? さっきの話」
「……正直微妙。でもさ、信じるしかない気がする」
彼女は無言。そして、不意に制服の上着ポケットに手を突っ込む。そして、”ソレ” を出した。
「……それって」
「コレが証拠。言った通り銃みたいでしょ」
まるで玩具。なのに、すごくシッカリした作りをしていて……まるで兵器にも見える。
「スタークネット・アクセレート……って言うみたい」
「……言うみたいって」
アクセレートと言われる物は明らかにおかしかった。確かに銃の姿をしているのに銃口が無い。変わりに持つ場所に小さなレンズの様な物が付いていた。話ではプレートで銃口についていた筈だが……設計上変えたのか。
撃つ物としては不出来だ。なのに……普通の銃より威圧感がある。鉄の塊と思えばそれで終わりだが……どうもそう思えない。
「これは肌に当てると変身できるんだ。でも……私の場合少し力使ってふらついちゃうから万が一って時以外は使うなって言われてるんだ」
「誰に?」
「……さっきの続き。言うね?」
「え? あ、あぁ……」
彼女も自販機に腰をよし掛け口を開いた。
「その後、爆発した車から這いずる様に黒服の男の人が出てきたんだ。その人は調査している人達の中の一人。彼は自分の惨状を悔やんでたよ。ずっと、車を見つめて……逃げた逃げたって言ってた
……もしかすると、狂ったのかもしれない。でも、その人は自分をすぐ取り戻し母さんに近づいて生きている事に気付いて……そして私にも近づいてきた」
息を呑んだ。自我があったと聞いたが……
「その人は 『戻るんだ』 と言った。その人は分かっていた。私が自我があるって事を。でも、私はどうしていいか分からなかった。その人はやり方を教えて……私は戻った。そして、その人の後を追って……東京に着いた」
「東京……」
頷く。
「東京は地獄だった。”知った” 人はもう感じる事が出来る。人との群れの間に ”ソレ” が居た。まだならない奴。なりそうな奴。私は吐き気がした。でも、その人は私を抑えて一緒に……ある組織に連れてってくれた」
「組織?」
頷く。
「調べている人達が集まる組織。ここまで教えちゃったから名前も教える。古諺って言うちょーりつ……組織って言ったかな?」
「ちょーりつ? ……調律か?」
「そうそれ……どう言う意味?」
調律……音楽言語で、『合わせる』 『一つにする』 と言う意味を持っている。それを世界的に使うと世界に基準を作り一つに合わせる。そう言う意味合いを持つ。
「……はっ。何かすっげー話」
「んぅ?」
苦笑した。彼女も意味は分かっていないが似た様な表情で返す。
「で、そこは東京の支部らしくって……で、私は全てを知ったの。この世界の状況……兄さんの状況。あの状況は人間である体内組織を変えて……原初の形に戻した新たな人だと言っていた」
「……更にすっげー話」
「でしょ? 初め私にも意味が分からなかった。そこのお偉いさん方はそれを知る必要があるって……その組織の実験場に入れてもらったの」
薄暗い……まるで、人の闇に触れた様な気分になる。ここは何処?
「実験場だよ。彼等……ネイキッドと呼ばれるモノ達の」
実験場……深く醜い言葉だと思った。闇に触れた人間が行き着く場所。
「そう、ここは私達の初の形がある……沢山ね」
私は視線を促され前を見る。
「今からそれ見せるよ」
パチっ
「どうだい?」
真っ白な世界に彩られた。手の無い畏敬のモノ、三日月形に引き裂かれている口をしたモノ、手なのか体なのか分からない一体化したモノ。それぞれに意識は無くただ物体としてケースを漂っている。
そして様々なカタチの……化け物の群れが生を放ち一斉に縦に割れた獣の光彩をした目をぶつける。殺意と皮肉と苦しみと……憎しみ。それ以上に食物として……私を見つめた。
本能的な自己防衛能力と言うのだろうか? 身を縮めその場にへたり込む。
「じゃあ、この中から一体。性能を見よう」
ケースが動いた。恐らくは適当に選ばれているのだろう……三回ほど動き止まる。
そして、様々な形をした攻撃的な機械が……彼を突いた。
ブシュブシュブシュ…………
断末魔が鳴り響いた。
「酷かったよ……人間ってあんな事まで出来るとは思わなかった。色々と見せられたよ。お陰で少し……いや結構ノイローゼになった。今でもトラウマ気味かな」
何も言えなかった。どんな事になってるかすら想像も付かない。だが……人間の行った地獄の数々なのだろう。
「状況聞きたい? 鮮明に覚えてるよ」
「……いえ、遠慮しておきます」
彼女は苦笑した。
「で、その実験場で人だったモノの細胞変化を見せ付けられたの。何種類かね……その日変化を予告されていたモノを集めて私に見せたんだよね。
様々な形をし始めた。同じく色々な形にされた人達が
私はそこで色々学んだ。その敵……ネイキッドの対処法。知った時の対処法。そして生きる方法。この世界は沢山のネイキッドで溢れてるみたい」
「……え? じゃ、じゃあこの街にも?」
「うーん……なりかけでも300近く居るかな」
「ぎゃぁあ!」
彼女は更に苦笑した。
「大丈夫。なりかけだから。でも、一番危ないのが居るから……それを先に倒さないと駄目だと思うんだ」
「……それって?」
「……ねぇ、覚えてる? お腹……突かれた時の事」
「……あぁ」
下腹部を擦る。今でも忘れない……死に直面するあの感触……忘れる筈が無い。
「じゃあー……それに何かマークが付いてる事覚えてる?」
マーク……印の事だろう。そう言えば……あった覚えがある。確か……
「八の字を描いた丸の続き……螺旋を模してなかったかな?」
「え? 何で?」
彼女が微笑んだ。知っていた。そう、全てを。
「あれは…………」
彼女の兄の手だった。
3.『決意』
どうやら俺は芽衣の兄に殺されかけたらしい。全く……性質の悪い冗談。
でも、化け物と化した自分が理性も無い状態で知り合いを殺したからって大した問題になるか? いや、ならない。誰だって平等に殺すだろう。
彼女が言うには……一度狙った獲物は逃がさないらしい。
「……ルパンかっての」
布団越しに天井を見上げながら呟いた。あの後、彼女は全てを明かした。今は兄である達也さんを追って、古諺と呼ばれる組織の人。つまり、あの時逃げた逃げたと呟いた腰抜けと一緒にこの街に来たと言う事。
彼女の母親は完璧なノイローゼ状態になり、隔離施設に入ったらしい。酷な事だ……あっちに居る間は暇な時に世話をする為によく通っていたと言う。
そうそう、彼女はやるなと言われたがその……変身と言うのを見せてくれた。
人が居ない場所に行きたいと言うので、沢山のアパートの近くにある堤防を言うと。「あぁ、なるほど」 と言って相打つ。最終的な証拠を見せる為。
橋の下。丁度四角になっている場所で来は草むらで座り芽衣はポケットをまさぐりながら立っている。
「いくよー」
「てっ、ホントに良いのかよ」
「うんっ」
黒い銃の様な物……確か、スタークネット・アクセレートと言った筈。それを、高々に上げ……引き金を引いた。
『Changes』
電子音声が鳴り手元が光った。手から先に腕に移り衝撃が降りてくる。衝撃が通り過ぎた所は異様な形をしていた。まるで……形容しがたい外骨格の様な模様が広がっている。
「うわっ……すげ」
率直な感想。凄い。まるで、人から何かに変わる瞬間だった。衝撃が折り終わった変容した体。全体に広がる異様な文様に走る電子的な光。
とても硬そうな外骨格の様なフォルム。そして……顔は芽衣特有の綺麗な顔立ちは全く無かった。だが、何処か……美しさを感じる。
「どう?」
「うわっ……声まで変わってる」
ナオミ・キャンベルを思い出す……は、置いておいて。遠くから聞こえて来る様な声。そして重く苦しそうな印象を与える。
「苦しくないのか?」
「全然。でもね、何て言うかー……あまり心地良くないの。違和感って言うか……だから、あまり使いたくないんだ。力も使ったら駄目だし」
「力?」
「うん。私の場合は治癒。来の体を直したのは私なんだよねー。でも、使ったら意識が薄れてくの」
「意識……何かを代償として得る力って事か……」
「お、そうだよっ いやぁ、話が通じて助かるなぁー……と、戻るね……見てて気持ち悪いでしょ」
「え? いや……別に」
小さく呟いた。そう、決してカッコいいとかは言えない。なぜカッコいいか? 男の子としては変身ヒーローに憧れる身であり……
……何を考えている。災いを払う為の力をヒーローと言う世迷言に。首を振り邪念を捨てた。一息。目の前で姿を戻す彼女に目を向ける。
「どう? 信じられる実証」
「いや……信じるもこうも……」
もう、どうしようもなかった。信じるとか以前の問題だ。困ったものだ……空想物に慣れている分飲み込みまで早いとは……
すっ……
「ん?」
逆光に影を作り彼女は長い髪を抑えながら手を差し出した。口元に手を当て目を瞑る。そして、ハッとした様な表情で。
「これはイベントだな? 芽衣ルートか」
「はぁ?」
「いや、何でもない。あんがとな」
ゲーム界導かれた様な気分だった。
まるで城。高台に立ったコンクリートの塊は闇に混じり、深い灰色を模している。そこに少女が一人。
少女は目を瞑っていた。長い黒髪を揺らしひた待ち続ける。小さく呼吸を整え……目を開いた。
「お久しぶりです。兄さん」
少女……いや、芽衣はフェンスの近くに建つ青年に声をかけた。青年は顔を少しだけ向け又街を見た。
「やっぱり今は落ち着いている時間なんですね。人で居られるみたいだから」
「……殺しに来てくれたのか?」
「……まだ、勇気を出せないんです」
青年は目を瞑る。その表情は見えないが……苦しい、悲しい、辛い。そんな感情が入り混じっている気配がした。
「覚悟を決めてくれ……もう誰も殺したくない」
「……そうですね」
一息。
「ずっと……考えていました。私は貴方が好きです……家族として欠かせない人。だから、今のこの状況……私は辛い」
青年は振り返る。
「……俺もだ。だけど、俺はお前に殺されるならいいと思っていた……次の満つ月か?……それか今か?」
「今……ですね」
「……そうか」
青年の微笑みに少女はうな垂れる。
「母さんの……為にも。貴方が居る事はいけない」
「……母さんの為か。元気か? 母さんは」
「……えぇ」
青年はまた街を見下ろした。静寂な町並み。まるで……時が止まった様に同じ光を放ち同じ動きを見せる。
同じは止まったかの様な錯覚を与える。青年は……今 ”変貌” を遂げている。その動きを元に。 普通の人と ”同じ” を願う。
「準備をしてくれ」
「分かりました」
青年は溜め息を吐いた。こっちを向くと……その縦に割れた瞳を見せる。
「悟ったんだ。次は無いって……もう俺はずっとあのままだろう」
少女は黙った。沈黙。二人を包む空気が変わった。
「だから……消してくれ」
「えぇ……貴方の為にも」
青年……いや、もうそう呼べないモノへと変貌していく。全身の筋肉は破裂しその筋肉が隆起を見せた時、骨か体細胞の何かか……固形のモノが体から飛び出した。
固形のモノが広がり……全身を包み始める。その変貌した顔に二つの光が宿った。縦に引き裂かれた紫色をした瞳。獣の咆哮をあげる。
『Changes』
電子音。そして衝撃が体を走り少女の体を変えた。彼と同じく固形のモノが広がり全身を包み、そして青いラインを走らせる。光のラインは目から右手の機械的な装置に繋がり流れるようにして走っていた。
そして、瞳は蛍光の青を放ち横に引き裂かれている。
少女は……言葉を発した。
朝。溜め息を吐いた。授業……眠さを送るような教師の声。来は相も変わらず転校生が座っていた席を見る。
「三日目だね」
実は後ろの席に陣取っていた親友の智紀が呟いた。後ろを見ず来は応える。
「……あぁ」
「何かあったの? あの子と」
「……別に。あるっちゃあるけどお前に語る必要は無い」
「距離を感じるなぁ……」
「そうだな……お前との距離は約1メートル程ある」
「いや、机との距離じゃなくって」
「現実距離でもだ」
智紀は黙った。そう、実際にしても親友と言っている二人にも距離はある。その理由は彼の病気にあった。
「そう言うのは無しだよ」
「あぁ、タブーだ」
「酷いなぁ……分かってて言ってたの」
「あぁ……早く直るといいな。病気」
そう精神的な病を負った彼は人から距離を取らないと生きていけない事になってしまっている。
人に虐げられた結果だった。この学校は軽度の病気ならある程度の人間は取り入れている。こう言うのは失礼だが……
一弥智紀は精神病者である。
「それは君も同じ」
眼帯に指を指しニッコリと笑った。チョップを与えると理不尽だとぶつり返した。
「ん。で、何かあったの?」
「切り替え早いな……いや、本当に無い。あの日一緒に帰った以降会ってないからな」
建前は。彼らが見てるのはそこまでなのでそれ以上は必要ない。ので、これで十分。
ガラ……
教室のドアが開いた。色々な場所にに包帯を巻き顔に絆創膏を貼った少女が経っている。
「……あいつどうしたんだ?」
「さぁ……」
教室はざわめいた。軽度には見えるが体を傷つけ三日間休みを取っている。ぶつぶつと噂を ”作っていく” ……
『あれ、ぜってぇ犯されたんだっ 100円かけてもいいぜ』
『可哀想……でも、隙があったって事だよね?』
『前見た時は可愛いなとか思ったんだけどさ、ああなると……可愛いとかって思えてこねえから不思議だよなぁ。俺がやった時は二回目以降って事になるんだよなっ? うわっ、何か嫌だっ』
吐き気を催した。人間の黒い部分が小言で満ちている。いつからだ? 聞きたくない音が。望んでない音が耳を掠める様になったのは。
【それはお前が望んだからだよ】
「つっ?!」
「ん? 来?」
声が聞こえた。体の奥底から聞こえてくる深い声が……気持ち悪いはずなのに何処か安心できる……声。
「……何でもない。それにしてもホントどうしたんだろうな」
「後で聞いてこりゃいいじゃん。幼馴染なんだろ?」
「……そうだな」
どっちにしろ聞いてくる気だった。放課後が待ち遠しい……
校内の憩いの場。ちょうど中央を指した統合学院でしか出来ない公園の椅子に芽衣が座っている。
少しボーっとしたその顔にヒンヤリと冷えた当てる。
「うひゃっ!」
猫の様に震えこっちを見た。
「ほれっ」
「んもー……さんきゅーね」
意外と軽めの返事だ……何となく、考えていた事とは違ってそうで安心する返事だった。軽めに触れる事にする。
「どーしたんだ? その傷」
「殺しあった」
「ぶっ!」
黒い炭酸飲料が口から吹き出た。口元を拭き彼女を見る。
「冗談だろ?」
「半分冗談、半分本気」
冷や汗をかいた。その瞳は本気を告げている。芽衣はジュースに一口付けて一息吐く。
「困ったんだ。もう、後戻りが出来ないって事に」
「……え?」
「……兄さんと決着を付けようと思って三日前気配を探って会いに行ったの…………満つ月の時に戻れる可能性があるって聞いてね。人であった兄さんと出合ったんだ」
「……人?」
「うん。稀にそう言うパターンのモノも居るって聞いたんだ。で、その前に兄さんにあったから次もそうかと思ってね…………今度も会った。
最良の時なの。でも、兄さんの姿見てると……出来なかった。何でだろうかって思ったんだけど……分かったよ」
一息。
「人である彼に罪は無いんだよ…………だから、私は人の時に殺す事が出来なかった。でも……」
「でも?」
「化け物であっても殺せない……傷つける事も出来ないんだ。三日前、全てを無くした兄さんと戦って分かった。この人を殺せない……憎かった……のに殺せない」
来は自分の飲み物を見て、一気に飲み干す。
「……好きなんだろうな。家族愛が勝ったって事か」
一度彼を見て苦笑。
「……そう…かもね。でも、この戦いは別。どうしても兄さんは決まり的に殺さなければならない」
「なぁ……なんで殺さないといけないんだ? 捕まえるってのもいいんじゃないか?」
「……捕まえると自動的に研究物扱いだよ。どうあっても……肉親をあそこには入れたくないから」
「……何とかならねぇのか? 殺す以外に」
芽衣は立ち上がった。そしてテクテクと歩き出す。辺りを見回すと平和な空気が流れていた。尋常じゃない会話は風に消されていて誰も聞こえていない。
「……あの人の為だから」
「……そか」
第三者は深入りする必要は無い。だけど、彼女はその行動すら迷っている。俺は……出来るだけ道を……作ってあげたい。
回り道でもいい。進む事が出来るなら……悔いを無くさない様に。
「でも、それすらも出来ないんだろ? どうすんだよ」
歩みを止めて、こっちを向き苦笑いを返した。
「どうしようねぇー」
一瞬俺がしてやるって言いそうになったけど……人殺しをか? アレは元、人なんだ。アレを殺すと言う事は人を殺すのと同義語。
「でも、何とかするしかない……何とか……するよ」
「あ……」
微笑、そして……自分は何も出来ない事に気付く。
真夜中。空を舞う二つの影があった。一つは紫の光を放つモノ。もう一つは青い光を放つモノ。
どちらも人では無かった。人の心を無くし獣と変わったモノ。人の心を残し獣に力を借りているモノ。
その後ろに紫の光を放つモノがあった。そして、その横に。その前に。その後ろに。同じく紫の光を放つモノが空を翔る。
フェイク
新たな自分を無機物で作る力。それが元、兄であり……現、敵であるネイキッドの力だった。一匹のフェイクが青い光のモノを突く。
青い光のモノは自己を促進させ失った部分を新たな肉で補った。ライダーと呼ばれる元少女の力。細胞活性化。彼女はそれを治癒と呼ぶ。
正しい呼称かどうかは分からないがその力が続く限り負ける事は無かった。
少年は溜め息を続けた。今日でもう一週間近く。昨日また学校に来たが傷は増えていっていた。
噂が広まる。前と似た様な……腐りきった噂だった。歯を噛み締める。智紀もこう言う時のある来を知っていてあまり触れようとはしない。
そこでふと冷静に戻る。出来ないって分かっている。思いつめる必要があるかどうか。気分転換だ……今日は街にでも行こう。そして気を紛らすのだ。
「つー事で。今日は街に出向こうと思う」
親友Bを隣に置いて智紀に言った。
「何でさ」
「気分だ」
「……」
「ん? 良いって?」
親友Bは頷いた。彼の特性は智紀と来。そして、居なくなった連でしか掴めない言葉を発する事。つまり、声が小さい。
「……」
「あー……ゲーセンね。いや、うーん……何かあったっけ?」
「……!」
「え? あのゲーム入ったの? 知らなかったなー……じゃあ、ゲーセンでいいんじゃない?」
「……」
親友Bと智紀は顔を見合わせた。ふむ……一息ついて来も頷く。
「じゃあ、行っか」
そうして、街に出た。理由はどうでも良かった。重苦しい感じさえ無くなれば何処へだって行ける。
「っ……はぁはぁ! うぅ……」
少女……芽衣は体を壁に預けながら先へと進む。一歩一歩……また小さいながら一歩ずつ。
「つぅっ!」
体が、くの字になって……右胸を突かれた。後ろには暗い中に光ると二つの紫。
芽衣は引き金を引く。
『Changes』
バシィっ! 衝撃が彼女を駆け巡り、そして変貌した体に突かれた手をもぎ取り引き抜く。傷に手をあて細胞を活性させる。
小さな光と共に少しずつではあるが確実に傷は消えてきた。切り離した手を見て切断面を見る。まるで石が砕かれた様にガタガタの断面図だった。
「……フェイク」
気迫を込めてフェイクを見た。そして、自体の細胞を促し限りある程度で力を増幅させる。治癒と呼ばれる回復的な面。そしてもう一つの力、増幅と呼ばれる攻撃的な面。
その二つを自在に使い今まで危機を乗り越えてきた。増幅部分は体の一箇所のみ。今は……拳。
ゴバァ!
弾ける音と共にフェイクは文字通り破裂した。前から後ろへ……コンクリートの様な塊を吹き飛ばし亀裂を走らせ分解する。
「くっ…………はぁ…はぁ……一体、何体居るの?」
これ以上は今日は危険だ。長期の戦いは自分がヤバイ。能力を使用すればするほど代償が支払われていく……意識が……薄れていく。
取り合えず今は逃げるのみ。逃げるにも実力を要する。故に逃げる面への体力の温存を必要とする。
が、それすらも今は危うい。出来ればこのままやり過ごしていたい。一歩ずつ……一歩ずつ踏みしめて奥へ奥へ進む。
その時、目の前に二つの紫の発光体が目の前からゆっくりと近づいている事に気付いた。
「ヤフゥー!」
14戦13勝。それが親友Bと来の勝敗だった……勿論、来は13敗。そして今の叫びは勝った叫び。
「……」
「でも、ホント弱いって。さっきのコンボだって奇跡らしいよ」
「うっせぃやいっ! でも、一勝は一勝……男名利に尽きるってこういう事だな」
「分かって言ってるのかなぁ……」
絶対分かってないそう思ったが智紀は口に出さずに苦笑していた。
「でも、片目になったらその目が進化したりしないのかなー?」
はて? 何か聞いた事がある……そうだ。肉体が部を失った時に出る固体の進化って奴だ。
例えば右手を失った場合の左手。その手は右手を失った事を取り返そうとそれ以上の技術を得る事がある。
だけど……右目は失ってない。ので、進化は……無しと。
「そらない」
適当に話をはぐらかし来は席を智紀に譲り、自販機に向かった。
故障中。
「うわぁ」
だが、故障でめげる自分ではない。どうしても水分が欲した。智紀と親友Bを確認し、外に出る。
外は夕焼けに包まれていた。真っ赤に燃える空……否応無しに黄昏た気持ちへと変わる。昔から夕焼けを見るとこの様な気持ちになった。
恐らく、父さんが死んだ事を思い出しているからだ。頭に画かなくても深い何処かでそれを感じているから……黄昏るのだろう。
さっきの勢いは衰えゆっくりと歩き出す事にした。確か、角のタバコ屋に胡散臭い自販機があった筈だ。当たり付きの……それで少しの気も紛
「ん……」
狙った通りの場所に狙った自販機を見つけ、狙ったモノを見つけ財布を取り出した。小銭を探す時……
ごと……っ
物音が聞こえた。遠くでも近くでもない場所……恐らく路地裏辺り。興味心を駆り立てる音……知りたい。あの奥に何があったのか。
来は携帯を取り出し、カメラのライトと照らした。木の箱がうつし出され先を見つめる。ライトを前に向け……先へと進んだ。
まるで闇。何も無いが何も望まない場所とも思わせる。後ろを見れば暗闇、前を見れば暗闇……唯一空だけは相も変わらず赤かった。
その赤ささえも届かない場所で来は見る……少女が見た同じ化け物を。
「う……わぁ」
声が出なかった。少女は後ろに気付き振り向く……そして少女は叫んだ。
来っ!
来は少女が芽衣だと気付く。声が響くと怪物が動き出した。右手を……爪を振り下ろし少女の右手を切り裂く。
「つぅ!」
血が。
ぶつっと頭で音が鳴った。来は怪物を見つめる。が、怪物は壁から壁へどんどん上へと上がっていく。
来は意識を戻し芽衣の元へと走る。彼女は右手を抑え片目を閉じていた。寸の所でかわしたお陰で重症とはいかない物の今すぐ治療しなくてはいけない量の血が流れている。
「大丈夫……直せるから」
彼女の手を取って心配そうに見つめると彼女はそう言った。そこで、気付く。彼女の頬はこけ痩せ落ちていた。顔色も土気色をしている。
歯軋り。こんな状態になっても自分は何も出来ないのか?
「来……お願い早くココから去って」
「……え?」
芽衣はどんよりとした独特の瞳でそう言った。遠巻きで役立たずと思わせる言葉。だが、それは当たり前だ。
自分は無力な一般の市民でしかない。これ以上関わりを持っても彼に出来る事など一握りも無いだろう。
だとしても……悔やまれる。今ココで動かないと目の前の女の子が消えてしまう気がした。
「嫌だ」
そう言うと彼女は大きく見開いた。
「何言ってるの? 早く」
「嫌だ……絶対嫌だっ!」
「……ばかっ!」
「っ?!」
「……死にたいの? さっき見たでしょ……? アレにとって貴方達は餌とも取れない……ただの感情の捌け口なの。感情の……ね」
「でも、俺は絶対嫌だぞ……?! 目の前で死にそうなお前をほっとくなんて」
そう言うと彼女は微笑を返し、彼の手を握る。
「ありがとう……でもね、私は貴方にも死んで欲しくない。人の価値を決めるなんて卑怯な言い方だけど……今は貴方の方が優先」
「……何でだよ」
「さっきも言ったでしょ? 直せるって」
「直して? どう見たって……アレ本物じゃないんだ。アレはコンクリートだったぞ? て、事は他に本物が居るって事だろ?」
「……え?」
「直してから本体に会えたら良いけど……偽者と出会って、何度も出会って……本物に出会った時にお前は万全の状況で戦えるのか?」
「……来?」
「何だよ……?」
「どうして……分かるの? アレが偽者だって」
そう言うと来は右目を伏せた眼帯を左にずらした。そして……ゆっくりと目を開く。
「……なに……それ」
色が逆転している瞳。白と黒が真逆となっている瞳。
「俺も同じなんだよ。俺も化け物なんだ……小さい頃から」
「どう言う事?」
「小さい頃……いや、説明の前に傷直せ」
彼女の頭に手を乗っけると、芽衣はその手を見る。一息吐いてアクセレートを取り出す。
『Changes』
ビルの上、男がフェンスの上を立っていた。男はおよそにして190cmの高い背を誇り同じ位のコートを風になびかせている。
ボサボサの髪を掻き毟り……コートから黒く無骨な機械を取り出した。
スタークネット・アクセレート
機械の名前。見かけも形も芽衣と同じものだが……プレートの場所が銃口の部分にある。男はそれをこめかみに当てた。
「ハっ」
そう言うと、引き金を引いた。
『Changes』
頭から順に衝撃が走る。凝縮していく筋肉、そしてソレを包む外骨格の様なフォルムの上に溝を作り……緑の光が走る。
その形は針。異形へと変わった彼はフェンスを飛び出した。
まるで音速。
フェンスは大きく拉げ彼は跳躍を増す。空を飛び……紫の物体を見つけた。
街を走る二人。少年と少女は先ほどのネイキッドを追い街を駆けた。アレからおよそ2分程度。自分の傷を治し芽衣は先を走る彼の後を追う。
その顔は蒼白となっていた。力の代償。彼女は体組織の活性を異常にし無くなった部分を新たな肉で再生し体を直す事が出来る。
が、その代償として使えば使うほど意識を失っていく。今の彼女の視界はほぼゼロに等しい。が、何とか彼の手を繋ぎ自我を取り持った。
来は後ろを見た。少女は息を乱し肩を揺らしていた。どうしてもと言うから一緒に連れてきたが……どう考えてもこれは限界に見える。
数分前。彼は自分の異形を彼女に見せた。真逆の瞳。それは人を色で分ける。無色から……赤へと変えていくその瞳に映されたヒト。
「で、どうやって調べんだよ」
「……多分。それはサーチ能力の一つじゃないかと思うの」
「サーチ?」
「えぇ……無色と赤いモノって言ったよね?」
「あぁ……全くの色無しと真っ赤な影の様な物の塊みたいな奴だな」
「そう……じゃあ、周りを見てどう見える?」
「この眼なら……殆ど色は無い。けど……一つ赤に近いのが見える」
笑みを浮かべた。彼女はソレを指差す。
「あれ?」
「え? あ、あぁ……アレだな」
「そう……じゃあ」
次の言葉を発そうとした時空中から……化け物が降ってきた。
「あれはどう見える……?」
「……何も無いぞ?」
口を吊り上げ、来の眼帯を戻してあげた。来はハッとしたように目の前を見つめる。
「……なんで?」
「便利だよ。その目」
『Changes』
彼女は異型へと変貌した。そして、戦火へと飛び込む。
「はぁはぁ……ちょ、ちょっと止まって」
「ん? あ、あぁ……」
彼女は足に手を乗せ屈んでいた。大きく乱した息に汗すら出ない顔。危険を感じる……。
「……ん?」
彼女を見て何処かに休ませようと思い、すぐに辺りを見回したその時……見つけた。
「……居た」
「え?」
「……近づいてくるっ!」
芽衣は同じ方向を見る。路地裏に紫の二つの発光体。目だろう……そして居たと言う言葉。アレは本物なのだろうか?
「本物だっ! 近づいてくるぞ」
「あっ! おーい」
別の声が聞こえた。聞き覚えのある声……いや、間違えるはずも無い。
「……秋子姉さんっ!?」
怪物からおよそ1mちょい。買い買い物袋を提げた無色の秋子姉さんが歩いている。そして……揺らめく赤い物体。化け物が走り出した。
「と、止まって! 秋子姉さんっ!」
「え?」
ゆっくりと歩幅を緩めるが……遅かった。来と芽衣、そして化け物の間に歩く秋子姉さんの体に化け物の爪がめり込んだ。
四つの爪を体に食い込ませ、ソレを点から線へと変える。引き裂かれた体から鮮血が舞い散った……。
「ぅ?」
倒れた。
「秋子姉さん……?」
ふっふっふっ……と短く息を吐いて口から鮮血を吐きながら彼女は手を伸ばす。来の顔を撫でると微笑み……息を短くしていく。
何かが切れた。
感じる……満ちる深淵……憎悪が、静寂が、殺意が痛みが悲しみが怒りが……全て闇へ。全てが黒に……飲まれていく。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
咆哮。何かが崩れる様な感覚……深く全てを壊すような。
『よぅ』
声が聞こえた。何処か……自分と同じ感触を持つ声。
『懐かしいな……アレから何年だ? ま、どうでもいいか……さて』
声が動いた。威圧を与える……その動きは激しさを増す。
『復讐って言うのか? したいんだろ……? 望むなら……してやるよ』
----------お前を糧に----------
「……大丈夫ですか?」
少女が見ている。いつの間にか自分は少女の膝元に居た事に気付いた。ゆっくりと上体を起こすとさっき歩いていた道の端にいるという事に気付いた。
「あれ? 何でココに居るの?」
「……えっと、多分倒れたんだと思います」
「んー? 芽衣ちゃん?」
「あ、どもっ」
「こちらこそ。で、何で倒れたのかね」
あたふたし始めた。
「あ、あのっ……うーんっと、多分転んだんじゃないかと。そうっ、転んだんですよ。大きく前のめりで」
「前のめり……凄いコケ方だねぇ。いや、こりゃあ才能あるかもね」
「さ、才能ですか?」
「そ、芸人だよ。前のめりって事は中々無い。で、何が落ちてた? 石? それとも足引っ掛けた?」
「ひ、引っ掛けたんだと」
秋子さんは考えた。手を口元に押さえ、ふーむと唸りながら1分弱。
「こりゃあ、将来期待だ」
苦笑した。芽衣も似た様な顔で返すと秋子さんは辺りを見回す。
「あれ? 確か記憶だと来と一緒に居なかったっけ?」
「……いえ、居ませんよ」
「ありゃー? うーん、そか……じゃあ私ゃ帰るね。あ、来に会ったら早く帰れって言っといて」
「あ、はい。ではです」
「ういういー」
手を振り、彼女を見送ると背を壁に預け手を腹辺りに乗せる。
「ごめんなさい。秋子さん」
いま、貴方の弟さんは戦っています……兄と同じ化け物になって兄を……殺すでしょう。
ゆっくりと目を閉じると、薄まる意識を感じた。限界なのだろう……仕方ない。
『Changes』
「よう、限界っぽいな」
「……あ、洋介さん」
男が立っていた。視界が真っ白で何も見えないが声で分かった。自分と同じ自分を悔やみ、化け物の力を借りて戦う事を選んだ人物。
「お願いがあるんです……」
「あぁ、言ってみな姫」
姫……あの組織は自分を皆そう言っていた理由は分からない。自分が一番幼いからだろうか? いや、他にも居た筈だ。
綺麗だから? そんな事はまずない、陽子さんは美人度が100を切っている超が付くほどの綺麗さだった。
じゃあ、何故だろうか?
「紫のはお任せします……もう、見切り付けましたから。でも、赤いのは助けてやってください……お願いです」
一置き。だが、すぐに返事を返した。
「赤いのは任せた。だけど、良いのか? 兄さんはお前が殺すって決めたんだろ?」
そう言うと苦笑し言葉を返した。
「出来れば……でも、もう出来ないので。それに……他の人を巻き込むのは絶対に嫌なんです」
「そうか。分かった……お疲れ様だったな」
そう言うと芽衣は微笑を。
「……ありがとうございます」
意識は消えた。が、心の何処かで謝罪する。
ごめんなさい兄さん。私は貴方を……助ける事ができませんでした。
『Changes』
男はアクセレートを発動すると異形な形で走り出す。その速さは音速。誰も見えず、誰も触れる事も出来ない。
触れるだけで切れ、触れるだけで吹き飛ぶだろう。そして、男は誰も傷つけないようにビルを水平に駆けた。
「じゃあ、やるか」
遠巻きの声。呟きすらに感じる声を発すると、速さを増して走り出した。
紫の色をした瞳はあちこちを見つめた。それは逃亡。圧倒的な力からの脱走。
赤い瞳は追っていた。目の前の獲物を。口が裂ける。大きな笑みを浮かべながら……
衝撃。爆煙を起こし二つの獣は飛来する。一匹は逃げる様に、一匹は追う様に手の平に渦を巻く様な衝撃が留まっている。
バシバシっと音をたて留め続けると、期を伺っていたのか狙った様にソレを放った。そして、突然だった。
「さぁて」
赤い怪物は話しかけてきた。はっきりと、見下したような言葉を発すると同じ様な攻撃を何度も紫の怪物に叩きつける。
苦悶を浮かべ紫の怪物は大きな声を発した。拳を放つ。が、その目標は赤い怪物ではなくコンクリートだった。
コンクリートを何個か掴むとそれを自分と同じ姿の物へと変える。
「はっ……くっだらねぇなぁ!?」
赤い獣は楽しそうにそう言った。衝撃を何個かに分けそれを偽者に叩きつける。あっという間に偽者は全て消えうせた。
また自分一匹、紫の怪物はそのまま動けずに居た。恐怖。怪物に生まれた新たな感情。体を駆け巡る恐怖と名の感情が四肢を震えさせ。
動きを鈍らせ感覚を麻痺させた。
立て続けて赤い獣は右手を差し出す。そこに無数の空間の渦が出来……それが点となるほど凝縮され。
撃ち込まれた。
絶叫。全身が前にひねり出され恐怖と苦痛に歪んだ顔を見て赤い獣は笑みに歪んだ。
「痛いか? いいなぁー……もっと見せてくれよ」
ガスッガスッガスッ
体中に点が撃ち込まれる。偶に爆ぜて傷を広げながら鮮血を散らばせたり中で爆ぜて膨れ上がったり。
どれもこれも無残な物だった。そして、どれも致命傷にはならない程度の攻撃。苦痛に歪んだ顔を声をあげて喜ぶ。
そして玩具を与えられた子供の様な声をあげて。
「こうかな?」
ズバっ! 右手をカマイタチの様な亀裂で風切した。
「うーん」
ガンっ! 体を押し付ける万力の様な重力間を全体に押し付ける。
「ここ邪魔」
ボっ! 頭に生えた角の様な物を燃え捨てると。
「じゃあ、仕上げ……と」
キンっ! 全身を空中に散布する水分で凝固し……まるで。
「出来上がりー肉団子の氷付けモニュメントっと……」
腰辺りに手を当てソレを見つめる。元生物であったソレはもはや無生物であり……ただの丸い塊でしかない。
だが、急に興味を無くしたのか……キンっと言う擦り付けた様な音を鳴らした。
「失敗だなー……もーちょい密度を上げて霧が出る位にしないと変だった様だな」
爆ぜた。
一方的に事を終わらせた赤い獣は最後に口が裂けるほどの笑みを浮かべ。
『何度でも繰り返して……望む形になるまで繰り返して……それまでを楽しんでいこうぜ。相棒』
と呟いて姿を来へと変えていった。
「むぅ……」
細いラインの怪物が到着した。自意識を持つライダーと呼ばれる者だ。音速を誇る足を持ち、その場にたどり着く。
底には……少年が倒れていた。眠る様に整った呼吸をする少年。そして、隣には首を切断された化け物が居た。
恐らくコレが芽衣の兄。あっという間、そんな印象を持った死に方だった。
「……この子が?」
芽衣の言っていた赤い化け物なのだろうか? ファクター……因子があるのだろうか? 取り合えず、目の前の化け物の後始末と少年の引き上げを選考させた。
状態を戻し男は少年を背負う。飛翔し……一度下を見た。
ソコは何も無かった。
4.『結』
いつもの朝が始まった。何も変わらない朝。隣には転校してから数日で学校に慣れた芽衣が歩いている。
一時は変な噂が立ったがすぐに持ち前の明るさでかき消した。彼女の凄さを感じた時でもある。
あの時置いていった智樹と親友Bは文句を言ってきたので、次の約束を取り決めると+ジュース奢りで許してくれた。
「兄さんに墓とかって建てたりしたのか?」
「いや、お父さんの墓があるからさー……必要ないんだ」
そして、自分もいつか入る予定だって言った。家族、必要な物であり暖かさを感じるもの。
溜め息を吐く。秋子姉さんは前にも増して元気に自分を使ってきた。アレ買ってこいだの、コレ洗えだの。
溜め息物だった。が、何となく嬉しさも感じる。大分、昔に比べると距離が縮まった証拠だと思える。
「うーん……どうしようかな」
「ん? 何がだよ」
「いや、来の紹介」
「あー……」
アレから、洋介さんと言う人にやたらしつこく勧誘させられた。助けた恩義を忘れたか? だとか、あの時俺が居なかったらお前風邪引いてたんだぞだとか。
初めは誰だったが分からなく厚かましい人だと思ったが、芽衣の知り合いだと言われ納得。組織の勧誘だと言う事に気付いた。
入れ入れだけ言うので、そう返すと主語が抜けてたと平謝り。勝手に事情を語ると返事を待つと返した。聞いてもいないのにパンクが好きだとまで言われた。
「熱い人だよねぇ……」
「そう? うーん……変な人だって言うのは感じてたけど」
「それも又って感じだよなぁ……でも、良い人っぽいな」
「まぁねー。変な所ばっかり見えるけど」
苦笑した。そして、手に握られた黒い物体を見る。あの時、止める予定だったのでアクセレートを余分に持っていったらしい。
予算で出した分だからやると言って洋介さんは去っていった。
「さてと……練習すっか」
「え? 何を」
「変身。俺って才能があるみたいだからさ」
「……て、事は?」
「よろしくっス、先輩」
芽衣は目を見開いてたが……次第に微妙な顔、そして笑顔で返してきた。
「うん……っ こちらこそねっ」
嘘みたいな静まり返った夜。少年はゆっくりと寝室のベットから身を起こし闇に溶け込んだ部屋を歩いた。月夜に照らされた窓を開けると……跳躍した。
屋根から屋根へ……遂には高いビルの屋上で大きく息を空に向かって吐き出した。
コハァ……真っ白な息が空の闇へと消えていく。そして、その息を和らげながら……ゆっくりと下界を見下ろす。
『さぁて……始まりの時だ。俺とお前の望む世界を作る……時が』
闇夜に浮かぶ灯篭の様な光は静かに……そして力強くねずく